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書評:『美は人をつくる』

書籍情報:『美は人をつくる』 / 著者:小牧幹 / 384頁 / 常陽新聞社 / 2007年4月刊行

『美は人をつくる』の表紙
題字:日野耕之祐

臼井 健司(茨城県立土浦第一高等学校 化学教諭 )


本校の美術室の扉には、「向こうの教室で知識を学べ、そしてここでは知恵を掘り起こせ、両方の翼を均等に持たなくてはどんな広い空でも思うように自由には飛べまい。まして美しいものなど見えはしない。未来に可能性ある君たちのここは翼工房だ。」という小牧氏の檄が掲げられている。小牧氏は、ウィリアム・アーサー・ワードの「凡庸な教師はただしゃべる。良い教師は説明する。優れた教師は自らやってみせる。偉大な教師は心に火をつける。」という言葉に心打たれ、教師生活の集大成として「生徒の心に火をつける」べく土浦一高に赴任してきた。その後間もなく起きたある事件をきっかけに「翼工房」と銘打った美術教育を開始する。

氏の「火の付け方」は、ぎょっとするほど厳しい。初めて美術の授業を受ける一年生に、知っている画家や見たことのある絵の名前を書かせる。大部分の生徒は美術の教科書やテレビなどで紹介されて「知っている」作品名を挙げる。小牧氏は厳しく問いつめる。「本物の作品を見たことがあるのか?」生徒は黙りこくってしまう。「本物を見たことがないくせに知ったようなふりをするな!」それまで、叱られる経験の少ない生徒達は大いにとまどう。中には反発する者もいる。それからの彼らは氏の強い勧めでいろいろな美術展に通い、「本物」に触れると同時に、美術授業後半の半年をかけて油彩で自画像を制作する。本物による本格的な自分探しの始まりである。生徒は悩み苦しみ、自己を「解体」し再構成しながら、やがてうわべの似顔絵から自己の内面の表現へと変わっていくのである。そして長い格闘の末に、自らの力で創造の喜びを見いだすのだ。自画像が完成すると、総仕上げに「土浦一高百年を駆ける顔たち展」と銘打った展覧会を開き、自画像と作文と、時にはパレットなどを合わせて展示する。作品には、生徒の心の淵にある苦悩、逡巡、喜び、達成感が浮かび上がっていて、見る者の心を打つ。

本書には、半年の苦闘を経て自画像を描ききった生徒達の作文と、小牧氏が一人一人の生徒に宛てた厳しくも心暖まるメッセージが載せられ、氏の教育観が綴られている。小牧氏は生徒に厳しいだけではない。氏には自らに対する厳しさという基本的態度がある。同氏は一九九四年と二〇〇四年に日展の特選に選ばれている。過去には入選すらできない年も有り、生徒の前に立つのが大変辛かったと語る。生徒達の闘いは、小牧氏自身の自己との闘いと重なっているといえる。生徒に馴れ合ってしまうことは楽である。だからこそ、自己と戦いつつ生徒に迎合しない教育を求めた同氏の著書には価値がある。氏は三月に退職し、次のステージに向かうという。「日本人が世界に立つには、芸術を核にした品格のある人づくりが欠かせない。」と熱く語る氏の土浦一高での姿が間もなく消えるのはさびしい。

尚、「土浦一高百年を駆ける顔たち展」は十年間続けられた。二〇〇七年九月にはつくば美術館で、歴代美術部員及び美術選択者、定時制生徒、開放講座に通った一般人を含めた在職十一年間の教育の集大成「小牧幹とその教え子たち展」が開かれ、NHKのニュース番組でも取り上げられる程の盛況であった。この著書もまた、感銘を受けた関彰商事(株)のメセナによって、県内全ての高校図書館に収蔵されている。


アメリカ マサチューセッツ工科大学に収蔵。 (2007年7月)

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